エチオピアの男

Der Äthiopier

198頁
2行目
両脚を前に投げだし、両手を膝に乗せて札束を抱えている。
Seine Beine waren ausgestreckt, die Hände lagen im Schoß und hielten ein Bündel Geldscheine umklammert.
 「抱える」というのは、両腕で囲むようにして持つことである。両手を膝に乗せていたら何かを抱えるのは無理だろう。また、札束を抱えていたというと、何束もあるように感じられる。

男は両脚を前に投げだし、膝の上に置いた手には札束が握りしめられていた。

199頁
3行目
男は腹ばいにさせられた。警官が男の背中にあごをつけ、男の顔を芝生に押しつけた。
Der Mann lag auf dem Bauch, der Polizist presste ihm das Knie in den Rücken und drückte sein Gesicht ins Gras.
 腹ばいになった相手の背中に自分の「あごをつけ」るとは、なんとも珍妙な逮捕術である。相手が暴れたら首を痛めてしまうだろう。 Knie(ヒザ)と Kinn(アゴ) の見間違えによる誤訳である。

警官は腹ばいになっている男の背中に膝を食いこませ、男の顔を芝生に押しつけた。

199頁
9行目
ここに赤ん坊を置いていく者は、いつも手がかりを残さない。手紙もなければ写真もなく、思い出の品もなかった。
Wer auch immer es dort abgestellt hatte, hatte ihm nichts hinterlassen – keinen Brief, kein Bild, kein Erinnerung.
 翻訳では、この牧師館の前はしょっちゅう幼子が置き去られる捨て子スポットのようであり、ミハルカの生い立ちが「よくある不幸話」の一つになってしまう。しかし、いっさいの痕跡を残さない彼の捨てられ方は、他に例を見ない残酷なものなのである。翻訳の「いつも」 は immer に対応しているのだろうが、「疑問詞 + auch immer」 で認容文「たとえ…であろうと」。基本熟語である。

そこに彼を置いていったのが誰であったとしても、彼に何も残していかなかった。手紙も写真も思い出も、何ひとつとして。

200頁
5行目
「甘やかすとつけあがるぞ」といって、番犬が羊を追い回すところを思い描いた。
»Du verdirbst ihn mir«, sagte er und dachte an die Schäfer, die ihre Hunde nie streicheln.
 翻訳では、養父は自分を番犬、子どもを羊とみなしていることになるが、犬を自認するような人物ではないだろう。1つずつランクが上で、自分は羊飼い、子どもが犬である。人間にも家畜にも同じ厳しさであたる彼は、羊飼いが牧羊犬を扱うのと同じように子どもに対しても接するべきだと考えているのである。

犬を決してなでてやらない羊飼いを思い浮かべながら、「お前はあいつをダメにしている」と言うのだった。

202頁
6行目
ミハルカは、だれも自分を知らない外国でやり直す決意をした。
Er beschloss, es im Ausland zu versuchen, das Land war ihm dabei völlig gleichgültig.
 とにかくドイツを出たいの一念しかなく、まったくの無計画だった。「だれも自分を知らない外国」ではなく、どこの国にするかにはまるで関心がなかったのである。

彼は外国でやり直してみる決心をした。どこの国にするかはまったくどうでもよかった。

209頁
7行目
銀行の金庫に残されていた指紋から、銀行強盗をしたことが判明していたのだ。
Banküberfall, überführt durch Fingerabdrücke, die er auf dem Tresen der Bank hinterlassen hatte.
 金庫に指紋とは、まるで本格的な金庫破りでもしたかのようである。しかし実際は、モデルガンで女子行員を脅して金を出させただけだった(202頁8行目)。指紋を残したのは Tresor (金庫)ではなく Tresen (カウンター)である。

容疑は銀行強盗。銀行のカウンターに残した指紋でミハルカの犯行と判明していた。

211頁
1行目
こうしてまたしても、警察の世話になった。
Michalka war zum dritten Mal am Ende.
 原文では、ミハルカにとって「三度目の人生の終わり」だったとなっている。一度目はレーパーバーンで半殺しにされてドイツでの生活に見切りをつけた時(202頁4行目)、二度目は新天地のはずだったアジズアベバでも何も変わらないと悟った時(203頁8行目)である。ミハルカは、今度こそ自分の人生が完全に終わったと信じこんでいるのだ。単に「警察の世話になった」とする投げやりな翻訳は、他の部分でもズレを生じさせている。
 211頁11行目、「すっかり心をとざしているようだった」。原文は Er schien mit allem abgeschlossen zu haben. 正しくは「すべてを捨てたかのようだった」。abschließen は「閉める」の意味なら他動詞であって、 mit allem につながらない。
 212頁13行目、「びくびくしていて、聞き取れないほど小さな声だった」。原文は Er sprach zögernd und zu leise. 正しくは「ためらいがちに、聞き取れないほど静かな声で話した」。怯えてビクつく理由などない。もはや結果などどうでもよい裁判の場で大切な思い出を口にすることに抵抗があるのだ。

ミハルカにとって三度目の人生の終わりだった。

213頁
7行目
検察官は質問を続けるのをあきらめた。もしその証人が不安を覚えるといっていたら、罪ははるかに重くなるところだった。
Der Staatsanwalt musste diese fragen stellen: Hätte die Zeugin wirklich Angst gehabt, wäre das ein Grund für eine höhere Strafe.
 翻訳によれば、検察官は女子行員にPTSDに陥っていると証言させようとあれこれ質問したが、意に沿わない同情的な答しか返ってこないため仕方なく証人尋問を打ち切ったとなる。
 しかし、ドイツの検察官は中立的であり(214頁12行目)、被告人に不利な証言を引き出そうと躍起になるのは(少なくとも理論上は)おかしい。実際は、量刑判断の資料を裁判官に提供するために、検察官はこれらの質問をする必要があったのである。

検察官はこれらの質問をしなければならなかった。もし証人が現実に不安を感じているなら、刑期をより長くする理由になりえるからだ。

217頁
6行目
ドイツの刑法は罪刑法定主義だ。
Unser Strafrecht ist Schuldstrafrecht.
 罪刑法定主義は、周知のように、どのような行為が犯罪となるか、そしてそれに対する刑罰は何かを、あらかじめ法律で定めておかなければならないとする原則である。この文脈に全然関係ないのは明らかである。
 原文の Schuldstrafrecht とは、ある者を刑罰によって処罰できるのは、その者が違法な行為を責任ある状態で行った場合に限られるとする考え方である。この立場からは、問題の行為の時に、他の行為をする能力があったにもかかわらず、あえてその違法な行為を行ったといえるときでなければ行為者を非難することはできない。だから、「誰でもミハルカと同じ行動をとったのではないか」という問いにつながるのである。
 なお、『フェーナー氏』で、検察官が「離婚するという選択肢もあったはずだ」と主張し(18頁9行目)、「私」が誓いに縛られたフェーナーにはその選択肢はなかったと論駁する(19頁3行目)のも、この考え方にもとづいている。

ドイツの刑法は責任刑法だ。

217頁
15行目
裁判が終わって二週間後、私はモアビート拘置所の長い廊下で裁判長と出会った。
Eine Woche nach dem Prozess traf ich die Vorsitzende auf einem der langen Gerichtsflure in Moabit.
 なぜ単純な数を何度も間違えるのだろうか。2ではなく1週間後である。また、なぜ裁判長が拘置所をうろついているのだろうか。ベルリン地方裁判所の刑事部はすべてモアビット(Moabit)の裁判所庁舎に収まっており、そこで出会ったのである。
 なお、刑期1年を残して刑の執行停止を命じてくれたのを、翻訳は「刑務所長」としているが(218頁3行目)、これも違う。刑務所長にそんな権限はない。原文では der Vorsitzende der Vollstreckungskammer 、つまり同じ裁判所庁舎に入っている「刑執行部の裁判長」が決定したのである。

裁判の一週間後、私はモアビットの裁判所庁舎の長い廊下のひとつで裁判長と出くわした。